アトランティス

自分の路をたどります

症状を認める2




日頃から、急に大きな声で歌いたくなったり、花に話しかけたり、木に抱きついたり、

そういったことを抑えて抑えて生きてきた。

人に話しかけたいことも、もしかしたら失礼かもしれないと思って、萎縮したり、なんか我慢しすぎている。

人には見せられないと、思っている。

今日久々に妹に会ったが、やはり、自分はどうしようもないなと、感じた。

喋ると、まるで子供が喋っているかのよう。

話題がころころ変わる。

とりあえず、変な部分は滲み出るし隠せないので、変に見られることは別にいい。

だが、否定されることはすごく怖い。

否定されると、

否定する人は自分が正しいと思っていると思い込んでしまって、相手と同じ感覚になることを強要されていると思ってしまう。

実際に、私の父がそうだったから、否定されることがめちゃくちゃこわい。

生きるか死ぬかの狭間に居るような気分になる。


だが、認知療法的には、

相手が否定してきても、それは必ずしも同じであることを強要しているわけではない。

相手が理解できないだけであって、

その人に伝えてもなお理解できない場合は、別に同じでなければならない義務はない。

私は私であって、相手は相手であるということ。

その視点が大切だ。


そして、私は私で、歌を急に歌いたくなったり、空を眺めたりする自分を、認めることだ。

いつまでも自分は変だと責めることをやめて、もうどうにもならないことはいい加減受け入れないといけない。

そうしないと、この世はやってけない。

隠すことも、めちゃくちゃ疲れる。

これからは小出しにしていく方向で行こう。

それしかない。










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