アトランティス

自分の路をたどります

次元を超えるとは




次元を超えるとは、これまでのことに執着していない状態といえる。

だが、その状態で在ることへの恐怖を感じる。

自分が、執着していない状態で居ようと思うと、執着しまくりな人が目の前に現れるあれは、一体なんなのだろう。

また、執着していなければ、現実を生きることは出来ないと思っている自分がいる。


私のなかには二択しかなく、執着するかしないかだけであり、それはイコール、苦しむか楽であるかだけだ。

だが、事実ずっと楽であることなど、無理なのではないか。

わたしの場合、楽しむと回りが見えなくなるので、楽しみ続けることができない。

社会での生存問題に関わることだ。

社会を選ぶか、完全に開放された楽を選ぶかの二択しかない。

その中間がない。

イメージが、わかない。

この二つは、宇宙で別れた自分と全く同じだ。

宇宙でわたしは、ただ楽しいだけの人と、戦いまみれの人に別れた。

それは、そうするしかなかったからそうしたのだが、未だにその二人は仲良くない。

ただ楽しいだけの人は、楽しくないことは見てみぬふりをする。

たまに私のところに来たときは、うっとうしいほどの笑みで楽しそうにこちらに寄ってくる。

それに対して、戦いまみれの人は、私のことを嫌っていて、足蹴にしてすぐに去っていく。

そして、だいぶ上の方から私を見下し、「たくさん苦しめ。自分でここまで這い上がってこい。」と、そういった思念を私に向けている。

私がどんなに泣いていても、「自分で何とかしろ」と、こちらとは違った次元でものを見ている。

どうしたらその二人は仲よくできるのだろうか。

私達3人、どうしよう。


そして、それとは全く違った時間の上に立つエジプトの神。

私の過去生がどうであれ、彼なら時間を超越しているから助けて貰えるかも。

相談してみよう。

エジプトの神はかっこいい。

私も彼みたいな仕事がしたい。













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