読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

アトランティス

自分の路をたどります

多次元の身体




日々仕事をしていて、身体が「居る」時と「居ない」時とがある。

そして、「居る部位」と「居ない部位」とがある。

手だけ居る時、

足だけ居る時、

腹に居る時など、

居るとしても、部分的にしか居ない時がある。


めったに無いが、全身居るときは本当に、それだけでただただ幸せを感じる。




自分には脚があると感じたのは、つい最近のこと。

しっかり、自分には脚があるのだと、感動した。

たぶん今まで、物質としての脚は確かに在るが、エネルギーレベルでは殆んど無かったのだと思う。

なので、子どもの頃は、足の感覚がよくわからないので、毎日転けて怪我をして、毎日泣いていた。

たぶん、幽霊に脚がないと言われるのはそういうことだと思われる。

エネルギーが完全にここに居ないので、足が透けて見える。

それが最近、私の足は初めて、戻ってきた。





とある人に会ったとき、あなたの身体はバラバラになっていると言われた。

身体の各部位が、前世での幾つかの場所にそのままあり、ここには居ない状態だと。

なので、あなたにはオーラが殆ど無いと言われた。

私は、毎日ご飯を食べていても、毎日死にそうな感覚だった。

なんだか、毎日よくわからないが、しんどくて仕方がなかった。

それは、エネルギーが原因だった。


そのあと、その人から言われる過去世の出来事を聞くと、私が極限にしんどいときによく見る夢の内容そのものだった。

あれは私の過去世だったのだと、知った。

あの夢のリアルな体験、悔しい感情、苦しみ、あの感覚、

私は前世の思い出し方をそこで知った。

私は夢の中で、たくさんの前世の映像を見たり体験したりしていた。

私は確かに、起きているときも、その夢の中にいるかのような感覚で生きていた。







おそらく、私が思うに、たくさんたくさんの次元があるのだと思う。

そのたくさんたくさんの次元から各身体エネルギーが帰ってくると、身体が「居る」感覚になるのではないかと、確信しはじめている。

今まで生きてきて、身体の感覚がばらばらなのは、たぶんそういうことだ。

物質としては確かにここにあるが、エネルギーはあちこちに散って、各場所でばらばらな体験をしているため、

普通に生きていても別の声や映像が浮かんだり、さまざまな感覚があり、

自分はここに居るが、どこで何をしているのか、感覚的には訳がわからないまま生きていた。

私が自分を集めることに執着していたのは、その為だと思われる。




散ったエネルギーは、場面や時代は違うが、似たような体験をしていることがある。

なので、それらの自分が興味を持つ部分は共通している。

現実で、同じ文章や同じ映像を繰り返し見てしまったり、ドラマのワンシーンや、特定の事について、考え続けていたり、

まるでカセットテープを再生するみたいに、同じことに疑問を持ち、同じように考え、同じ答えに行き着くという一連の流れを、何度もしていることがある。

なのに、毎回新しい感覚だったり、前も既に知っていたことで驚いたりすることがある。

そういったときは、各場所に散っていた各自分がそのような反応を示しているとしか思えない。

救われたい自分をどうやって救えるのかを無意識に考え、行動し、そうした結果、戻ってきた自分が、戻ってきたということを自覚するための作業、

戻ってきた自分とここにいる自分とが一緒になるための、溶け合う為の作業なのだと思う。

その結果、いままで居なかったエネルギーが常にここへ居られるようになり、身体の感覚がよみがえって来るのだと思われる。

今は、確かに私の足はある。

それは、毎日歩くときに感じる。

とても嬉しく、脚があるというだけで楽しくなる。

感謝である。


どちらも苦しかった。

向こうにいた自分としては、向こうに居続けるのは辛いが、抜け出しかたが分からなくて、ずっともがき続けていた。

こちらにいる自分としては、離れている苦しさと、離れていることにも気づけないまま現実を行き続けていることが、苦しかった。


戻ってくればイッツオーライで、すべてが善きかなと、思える。









.

広告を非表示にする