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アトランティス

自分の路をたどります

宗教




うちにたまに、宗教勧誘がくる。

昼間にピンポンが鳴って出ると大概それだ。

昨日も、「こんなサイトがあります」とのチラシをもらった。

見たら宗教だった。



その日の夜、映画が安い日だったので、題名は忘れたが、漢字2文字の長崎のキリシタンに関する映画を観にいってきた。

新しい情報は特に無かったものの、宗教について、いろいろと考えた。



隠れキリシタンから時代は流れ、なんにせよ、勧誘に来る人たちは、結構幸せそうなのだ。

エネルギーが爽やかだし、なんか悪い感じがしない。

彼らは聖書に本当に救われた人たちなのかも知れないなと思う。






けれど、私なら、ほんとうのイエスに出会いたい。

ほんとうのイエスは、肌が黒かったのだとか。

全く想像がつかない。

そして、よく笑う人たちだったのだそうだ。

それに、イエスは磔になって生き返った後、ヒマラヤへ行って修行をしたのだそうだ。

なので日本の中でも比叡山はキリスト系と呼ばれていて、あれはキリスト教とも言えるのだとか。

宗教にもともと垣根など無かった。

結局、あるのは人種差別くらいで、神はどこへ行っても神なんだよなと、思った。




私も人種差別をした遠い記憶がある。

星と星を繋ぐ膨大なネットワークがあり、そこを移動するのが大好きだった。

かなり膨大で、全てを網羅することなど出来そうにないくらいだった。

それは夜の間にしか移動出来なくて、私は夜になるたびにそのパイプラインを走りまくっていた。

私は、知らない場所との出会いがたまらなくたのしくて、時間が来てもやめなかった。

けれど、時間が来て、パイプラインが消えてしまって、帰り道が無くなってしまった時、とてつもない不安にかられた。

自分と姿形の違うその星の彼らは泣いている私を慰めてくれたが、私は全く精神的に余裕がなくて、

寄り添ってくれる彼らのことを汚いとさえ感じていた。

姿形が違う人たちに、私の気持ちなど理解できるはずがないと信じていた。

結局、また夜が来れば普通に自分の星に帰ることが出来たし、彼らにも謝りとお礼をしたのだけれど。

あの時の絶望感は、子供の頃迷子になった感覚と同じだった。


現世では、姿形が同じ、黄色人種の人たちの中に生まれたわけだけれど、

姿形が同じでも、結局はエネルギーでの繋がりなので、ほんとうに分かり合える人は同じ人種でもそういなかったりもする。

問題は人種差別ではなかったのだった。












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