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アトランティス

自分の路をたどります

マスターたち




太極拳の体験の時、私はババジに会うつもりで参加した。

そして、みんなの輪の中で太極拳を見様見真似でやり、周りが全て消えるような楽しい感覚になった。

身体も、何もかもが消えたようだった。

まるで、私の中の楽しい感覚が丸裸になって、私という存在はただ「楽しい」という存在で、

この身体でもなく、この場所でもなく、私とは形のないものなんだ!という事を知った。


それについて人に話をした。

「私はあの時、ババジに会っていたと思う」と。

すると、会っていたとのこと。

ババジから、何かをいただいたのだそう。

ありがとうババジ。

あの時から確かに、私の指針はババジだ。

いまも、あの感覚をもとに動いている。


そう考えると、クツミや、エルモリヤや、キリストや、繋がろうと思えば簡単に繋がれるのだなと、気がついた。

たとえば、クツミ。クートフーミ。

私はクツミについて、現実面でとても助けになる存在だと思っていたけれど、私はクツミについて何も知らない。

クツミの情報は少ないし、私はその情報を感覚的に得ていた。

そうだ、わたしはこのままで良いのだ。


キリストだって、とても愛ある人だけれど、なんか怒りっぽい時もある。私の中のイメージでは、豪快で、とても不思議な人だ。

いつ怒るのか、いつ優しくなるのか、よくわからなかったりする。




スピリチュアルなことに興味を持つと、謎が尽きない。

それを完全に忘れているし、ピンとこないこともあったりして、なんだか、ずっと走っているみたいだ。

前世の記憶を思い出すけれど、とても部分的で、全容ははっきりしないし、

なにより変な場面ばかり思い出すもんだから、自分でも懐疑的に思ってしまって、思い出してからしばらくは心の中がずっとドギマギしている。

誰か、人生の解説者が現れないもんだろうか。










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