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アトランティス

自分の路をたどります

たまに見る夢





夢の中で、自分がいろんな人になっている夢を見る。

それは、最初からそうなのではなく、自分自身は空を舞う傍観者なのだが、

それを見ているうちに心配になったり、好奇心がわいたり、何だかよくわからないが引っ張られたりしたら、

その人の体のなかに入ってその人になって、奮闘している夢を見る。

なので、そのような夢を見るときは、男になったり女になったり、体型もばらばらである。

登場人物のなかに「自分」は出てこないし、なんと、国籍もばらばらで、日本でないときが多く、知っている人物も出てこない。

共通しているのが、切迫した雰囲気であること。

そして、自分はそこで、登場人物の中に入ろうと思って入るのではなく、興味を持って少しでも目を止めると気付いたらもうその人になっているという夢だ。

それは、夢の最中は気づかなかった。

一連の流れが何がなんなのかが、ずっとわからないし、人間たちに何が起きているのかわからないが、なんだかいつも大変で、

自分はただ流れるようにその場でいろんな人になったり、無意識に人の中に入っている。

今日見た夢は特に、私は空をひゅうひゅうとひらひら落ちるように飛んでいたら、とある駅のホームで電話をする外国人男性が目に留まった。

その人は電話を終えると、誰かに促され、タクシーに乗った。

そして、はっきりと覚えていないが、タクシーをいそいで乗り継ぐことを何度もしていた。

それは誰かにはやくしろと促されて、その人は抵抗せずに頑張ってそうしていたが、

そのうちその外国人男性はどんどん元気がなくなり、生気がなくなり、遂にはタクシーの足元にだらりと横になってしまった。

おい起きろ、はやく次が来るぞと、誰かに言われるのだが、その誰かの姿がどんななのか、影も見えないのでわからない。

気付いたら、男性の横に自分も寝そべり、大丈夫か、と言うと、

彼は、私の体をがっしと抱え、外国語で喋り出した。

内容は、「おれはここまでやったんだ。もう無理だ。どうしてくれるんだ。おれはここまでやったんだ。見返りがあるのか。」というような、脅しのような内容だった。

私は、知らないことで問い詰められたので驚いた。

けれども彼は、私を離さなかった。

私はなぜここに居るのだろうとその時思った。

何をしているんだろうと思った。

その時、私は人間だった。

空を舞っていたが、人間で、髪の長い女性の格好をしていた。けれども、動きはまるで龍のようだった。

朝起きて、私はこのような夢を何度も見ていると、気付いた。

何度も、昔から見ている。

朝起きたら、いつも苦しい感覚で目覚める。






私は、龍たちといっしょに洞穴に寝ていた記憶がある。

当時布団などなかったが、龍たちみんなで丸まって塊で寝ると、暖かいのだ。

風が強い日でも、みんなで寝ると暖かかった。

私は龍だったのだろうか?と、思うが、私はその時人間でもあった。

それに、人間は現在でも龍なのだと、よく聞く。

私は正しい歴史はわからないし、真実もよくわからないが、もしかして、人間は半龍半人のように、TPOでたまに人間になったり龍になったりしていたのだろうか?

それとも、龍と人は共存していて、昔は人や龍を呪術によって操ったりしていたこともあるから、

そのようなことのひとつで、私の一部がほかの次元で龍としてさ迷っているのではないか?と思った。

夢の中の私は、人間のことを心配していた。

けれど、男性が最後に責めたのはわたしだった。

なぜなら、そこには男性と私以外に誰も居なかった。

誰かがはやくしろと男性をうながしていたが、それはもしかして、私だったのかもしれない。

私は、昔、夢の中で呪術によって舞を踊らされていた時代があった。

自分は踊りたくないが、体が勝手に動いていた。いつ踊り始めたか覚えていない。気付いたら、いつもおどっていた。

私はそれが絶望的な感覚で悲しかった。

死んでしまいたいと思うような感覚だった。

それと、今回の夢とが似ている。

私はその気が無いが、動かなければならない方の自分は、男性を促し続けていたが、本当の私はその外から見ていて、たまに一体化しては

その状況を体験していたのではないかと思う。

幽体のほうに種類があり、そのどれかが指示的に作動しており、私の龍体のほうは自由なのだが、

龍体と幽体が一体化したとき、男性に悪さをしている自分にふと気が付き、え?!と思う。

えっと思うけれど、あまりはっきりと自覚ができない。まるで酔っぱらって映像を見させられているかのような、

なぜこの状況なのだろうかと感じる。

なぜなら、あらゆる次元の体がすべてひとつになっての自分であるから、その一つでも稼働率が低かったら、自覚する能力も欠損してしまうから。 

きっと、まだよくはわからないが、過去に呪術をかけられた龍体としての私が、どこかでずっと、何百年もそのまま生きて居るのだなと、感じた夢だった。











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多次元の身体




日々仕事をしていて、身体が「居る」時と「居ない」時とがある。

そして、「居る部位」と「居ない部位」とがある。

手だけ居る時、

足だけ居る時、

腹に居る時など、

居るとしても、部分的にしか居ない時がある。


めったに無いが、全身居るときは本当に、それだけでただただ幸せを感じる。




自分には脚があると感じたのは、つい最近のこと。

しっかり、自分には脚があるのだと、感動した。

たぶん今まで、物質としての脚は確かに在るが、エネルギーレベルでは殆んど無かったのだと思う。

なので、子どもの頃は、足の感覚がよくわからないので、毎日転けて怪我をして、毎日泣いていた。

たぶん、幽霊に脚がないと言われるのはそういうことだと思われる。

エネルギーが完全にここに居ないので、足が透けて見える。

それが最近、私の足は初めて、戻ってきた。





とある人に会ったとき、あなたの身体はバラバラになっていると言われた。

身体の各部位が、前世での幾つかの場所にそのままあり、ここには居ない状態だと。

なので、あなたにはオーラが殆ど無いと言われた。

私は、毎日ご飯を食べていても、毎日死にそうな感覚だった。

なんだか、毎日よくわからないが、しんどくて仕方がなかった。

それは、エネルギーが原因だった。


そのあと、その人から言われる過去世の出来事を聞くと、私が極限にしんどいときによく見る夢の内容そのものだった。

あれは私の過去世だったのだと、知った。

あの夢のリアルな体験、悔しい感情、苦しみ、あの感覚、

私は前世の思い出し方をそこで知った。

私は夢の中で、たくさんの前世の映像を見たり体験したりしていた。

私は確かに、起きているときも、その夢の中にいるかのような感覚で生きていた。







おそらく、私が思うに、たくさんたくさんの次元があるのだと思う。

そのたくさんたくさんの次元から各身体エネルギーが帰ってくると、身体が「居る」感覚になるのではないかと、確信しはじめている。

今まで生きてきて、身体の感覚がばらばらなのは、たぶんそういうことだ。

物質としては確かにここにあるが、エネルギーはあちこちに散って、各場所でばらばらな体験をしているため、

普通に生きていても別の声や映像が浮かんだり、さまざまな感覚があり、

自分はここに居るが、どこで何をしているのか、感覚的には訳がわからないまま生きていた。

私が自分を集めることに執着していたのは、その為だと思われる。




散ったエネルギーは、場面や時代は違うが、似たような体験をしていることがある。

なので、それらの自分が興味を持つ部分は共通している。

現実で、同じ文章や同じ映像を繰り返し見てしまったり、ドラマのワンシーンや、特定の事について、考え続けていたり、

まるでカセットテープを再生するみたいに、同じことに疑問を持ち、同じように考え、同じ答えに行き着くという一連の流れを、何度もしていることがある。

なのに、毎回新しい感覚だったり、前も既に知っていたことで驚いたりすることがある。

そういったときは、各場所に散っていた各自分がそのような反応を示しているとしか思えない。

救われたい自分をどうやって救えるのかを無意識に考え、行動し、そうした結果、戻ってきた自分が、戻ってきたということを自覚するための作業、

戻ってきた自分とここにいる自分とが一緒になるための、溶け合う為の作業なのだと思う。

その結果、いままで居なかったエネルギーが常にここへ居られるようになり、身体の感覚がよみがえって来るのだと思われる。

今は、確かに私の足はある。

それは、毎日歩くときに感じる。

とても嬉しく、脚があるというだけで楽しくなる。

感謝である。


どちらも苦しかった。

向こうにいた自分としては、向こうに居続けるのは辛いが、抜け出しかたが分からなくて、ずっともがき続けていた。

こちらにいる自分としては、離れている苦しさと、離れていることにも気づけないまま現実を行き続けていることが、苦しかった。


戻ってくればイッツオーライで、すべてが善きかなと、思える。









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なんかわかるようになってきた。





わからないときはわからないが、わかるときはわかるようになってきた。

いままでの1番の苦しいことは、物事に集中することが困難だったことなのだが、

集中度が増してきている。

自分が一部戻ってきたとしか言い様がない。

ありがたきしあわせ。

もっと自分を、人を、好きになることだ。




そういえば私は怖かった。

私の集中力はものすごいから、集中すると何時間でもその事ばかり考えることができる。

人はそれを変だと言うが、私はそれが楽しい。

そんな自分を、ふと我にかえったときに、「どうした自分!?」と自分で自分に引くことが怖かった。

人から、「頭おかしいこの人」と言われたり思われたりすることが怖かった。

そうか、私はわたしを封印していた。

どうする?

全開にしてもいいんじゃないか?

そんな風に生きてみたくないか?

これまで、集中するってどんな感じか忘れていたこと、思い出したらまた、夢中になりたくなってきた。

全開になりたくないか?

それってどんな感じか、やってみたくないか?😁











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おしゃれな大人




先日、地元に雅楽師の東儀秀樹さんと、ヴァイオリニストの古澤巌さんと、ピアニストの阿部篤志さんがコンサートにやってきた。

トータル休憩合わせて2時間半ほどの楽しい時間だったのだが、
興味深過ぎて体感覚では30分であった。(マジ)

細かいことを言うと山ほど感想はあるが、東儀秀樹さんも古澤さんも、演奏が上手すぎて凄かった。

私はテレビでよくヴァイオリンを聞くけど、古澤さんほどの綺麗で繊細で完璧な演奏は他にないと、凡人でも、思った。

テレビを見ながら、ずっと何年も、何年も、古澤さんのような音を出す人を探していた。やっと見つけた!!という思いである。

もしかしたら、子どもの頃、テレビで古澤さんの音を聞いていたのか?もしれない。



3人ともユーモアがあり、面白く、私が生きてきたなかで、日常生活では決して出会うことのない人種であるなと、心底感じた。

そして、雅楽という素敵かつ不思議で高貴な演奏と、ヴァイオリンの、しかも自分好みの音を出してくれる方の演奏に出会えたこと、

そして、この地元出身の阿部篤志さんの面白い存在感と色々すべて、お金を出さないと体感できないものであると、心底感じた。

あの高貴なユーモア、これが真の金持ちか···と、たいへんたまげた。


目的は東儀秀樹さんの雅楽だったのだが、なんだかプラスアルファでかなりのありがたい特典がついていた的な、

うーん、素晴らしすぎるコンサートであった。 




そして、その余韻に浸りながら帰宅し、その夜、テレビをつけると、NHKのイタリア語の旅番組に東儀秀樹さんが出ていた。

伝統的な楽器修理店の店主さんから、なにやらたいへん歴史の深い笛を譲り受けてらっしゃった。

うーーーん、さっきまで目の前で演奏されていた方が、テレビに出て、なにやらすごいものを貰っている。

うーーーーーーん、凄すぎる。

雲の上の存在だ。




東儀秀樹さんはテレビなどでよく、「僕の才能でなんとかなってるんだよね」的な、冗談を言うが、

コンサートでも連打であった。

「これは難しい事なんだけど、まぁ僕の才能でカバーできてます。なんてこと言うとほんとに真に受ける人がいるからね、困っちゃう。でも、本気なんだぜ?」と言われていた。

なんてオシャレな人なんだろう~金持ちってすげーなーと、感動した。











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再び会う





昨晩、寝ながら伏見について考えていた。

伏見稲荷の犬のような頭を持つ白い巨人に、昔呼ばれた事があったことを思い出していた。

なぜ、犬なのか?
なぜ、伏見と書くのか?

人へんに犬 を見るで伏見。。。



すると、昨晩、そのまま繋がってしまった。

繋がったのは犬ではなく、白い高貴なキツネだった。

信用に値する存在かもわからないのにしまった!と思ったが、時すでに遅し。

別に嫌な感じはしなかったのでそのままほったらかして朝が来た。

朝起きて、あれはなんだったんだ?と再び振り返る。

狐とは、まるでゴールドみたいだ。

龍は流れるけれども、狐のエネルギーはただそこにあるゴールドな感じがした。

そして、私はそこに生きるヒントをもらったような気がした。

生きていると、ただそこにあることだけでもなんだか難しい。

常識やルールについて考えたり、無意識に人に合わせたりしているうちに、

自分を見失いがちだ。













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自分の中の強い人





自分のなかに、とてつもなく強い人が居る。

今世の私は弱いけれど、心の奥底には、とてつもなく強い人が居る。

私が現実逃避したとき、ガツンと殴られたことがあった。

当時は変な心霊現象が起きたと思ったのと、その感じた事のない痛みに怯えていた。

けれど、それは自分だった。








先日、物凄く怒った時があった。

とのかくとにかく腹が立って、

自分の根本から涌き出てくるエネルギーが止められなかった。

強さそのもの、だった。



私はそういえば、そんな強い自分を知っている。

まるで男のように私を強く殴ったけれど、彼女は女性だ。

敵など居ないし、自分の意見をしっかり持っていて、どこにでもすぐに直談判しに行く。星から星をまたぎ、いつも走っている。

そんな自分を知っている。

彼女はいつも笑っていて、その笑顔は祖父の笑顔と重なる。

祖父とは、魂的にも縁がある気がする。

なんだか、根本的に似ているところがあった。

祖父が死んで、すこしの間、祖父が苦しそうだったのを知っている。

けれど、それが終わると、祖父は成仏していった。

そして、強い自分が、子どもの姿をした祖父と、夢の中で楽しく遊んでいた。

祖父は私の事をとても慕っていて、わたしも祖父のことが本当に可愛いかった。

祖父も私も、本当に楽しそうにしていた。

祖父は今世を完全に終わらせたのだった。








強い自分は、私に対して怒っている時がある。

強い自分が怒る時はいつも同じだ。

強い自分は、私にとってエネルギーの指針であり、最高の師なのかもしれない。

私は彼女が怖くもあり、うまく出来ない自分をどうしようと思うことがある。

けれど、今世の弱さを知っている彼女は、私が成長する姿をただ見ている。

そして、介入すべき所で介入し、すぐにどこかへ行ってしまう。

今世の私は、ずっと他者が怖かった。

けれど、それさえも自分だった。

他者のなかに、彼女の姿をずっと重ねて観ていた。

とてつもない怒りを持った彼女は、とても怖い。

けれど、私は彼女のことが大好きだ。




彼女はたまに、私の中に入ってくる。

その時間は楽しくて、幸せで、健康的で、何とも言えない幸せが流れる。

私は彼女が好きで、彼女がいないとつまらない。

彼女はすぐにやってくる。

喜んでやって来て、そのとてつもないパワーを、私のもとに残して行く。

まるで、喜びの戦士みたいだ。

彼女はとにかく行動が速い。

私はもっと彼女に近付きたい。











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全く新しい事



人生は、起こるとわかっている事よりも、全く新しい事が起こる方が何倍もたのしい。

当たり前か。




日々エネルギーについて考えて、どうやったら全てを集められるか?ばかり試行錯誤している。

現在の仕事はとても体力と気力が必要で、気を抜くとすぐに怪我をしてしまう。

それらを改善する為に、自分のすべてをここに集めることが大切になってくる。

なかなか難しい。

集めても一瞬しか持たないのだ。

けれど、1日のうち、集められる瞬間の回数がぐっと増えた。

チャンネルが定まって来はじめたということか。






エネルギーが集まったとき、その時、それはそれは、自分は強いのだと感じる。

からだの細胞が全て振動して、そこに時間は存在していない。

そして、私は時間を越えた豊かさを感じられるのだった。

本当に、その瞬間しかなくなる。

けれど、私はそれが怖くなって、すぐにその楽しさをやめてしまう。

それは、仕事中に仕事をしているということを忘れる様なもので、

わたしがずっとそうであるならば、私は自分がやらなければならないこと全てを忘れて、そのまま流れてしまいそうで、怖くなるのだった。

けれど、あの素晴らしい感覚、あれは、わたしが過去にエジプトの鳥神を見たときと全く同じ感覚だ。


エジプトと人体の関係は、なんなのだろうか。






私は、懐かしい。

バラバラにされてしまった体のパーツを集めて、アヌビスらしき神が、ミイラにして全部をひとつにまとめて、エネルギー的にもちゃんとひとつになるようにしてくれたこと。 

私がこんなに、自分を集めることに興味があるのは、そんな過去世でもあったからだろうか?

アヌビスに会ってみたいと思い始めるのであった。











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