アトランティス

自分の路をたどります

診断されてから




診断されて、薬を二種類のみはじめた。 

しょっちゅうのみわすれるが、朝飲むやつを今朝はじめて飲んで出勤したら、

普段頭が天国なのに、余計に天国になってしまって、集中力を高める薬と聞いていたのに、なんかあたまが活性化して、

汗がずっと出ていて、頭がわけがわからなくなって、パニックになった。

私は子供の頃から天国みたいな頭で、なんにも理解できなかった。

なんにもない感覚。

それは、今でもなにも変わっていなくて、今朝のパニックでも、何にもないからパニックになった。

けれど、生きるために必要なことをするには、考えないと出来ない。仕事もできない。

だから、たくさんたくさん考えて、その日常にすごく疲れていた。

頭がパニクって、天国になっても、目の前には大変な仕事があるからしなければならない。

けれど、なんだか頭がヤバい。

ヤバいとしか言えない、とにかく、頭がヤバい。

頭だけでなく、全てがなんかやばい。

どうするどうする、なにもない、どうしよう、

そんな感じで、パニックになった。

今はおさまっているが、頭はずっと普段から天国だから、どうにもならない。

生きるって、何でこんなにも苦しいんだろうか。

私は全てがよくわからない。

なんか、なにがわからないのかもよくわからない。

とりあえず、今日はねるしかない。









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がくと


最近はGACKTがシンクロしている。

他人の口から急に名前が出たり、なんかおかしい。

夢にまで出てきた。






それはそうと、発達障害の検査を受けてきた。

診断結果は、自閉症スペクトラムと多動のADHD なのだそう。

これからどうなるのだろうか。

とりあえず、これを理由に自分に合ったしごとを見つけたいと思う。果たしてあるのだろうか。

問題は、どうやって上司に説明するかだ。

前回は理解されなかった。

理解しない側の気持ちもよくわかるし、馬鹿にするのもわかる。

だけれど、私はもういい加減楽になりたい。

わがままだとしても、楽になりたい。

人生を楽しみたいのだ。











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なるべくローカーボ17日


炭水化物すくなめにして17日たった。

痩せた。

今腕見て細くなってた。

始めて3日目で、足が痩せた。

それまで毎日パンをたくさん食べてた。

メロンパンにはまってて、いろんなところでメロンパンかって食べてたから、少し太ってた。

完全に、パン太りだ。

自分がアスペと気づいてから、不安な時、自分で気づけるようになった。

そしたらそんな食べなくてよくなった。

食べたあと必ず体がだるくなるのも、もう嫌だったからすぐに減らせた。

いまも、そんなにパンや麺、ごはんとかを食べたいと思わない。

もともと、食べるといっつも頻尿になるの気づいてたから、やめたらそれも楽になったし、体もだるくないし、

だるくても、前の重たさよりもだいぶましになってる。

炭水化物食べない代わりに、鶏肉がたべたくなる。

たんぱく質の大事さがわかってきたから。

鶏肉たべないと、あんまりからだの感覚がわからなくなる。

力使う仕事だから、からだの感覚はすごい大事。

あんまり痩せたくないんだが、どうやったら健康的に太れるだろうか?

ご飯やパンや麺を食べずに、どうやったら健康体型になれるだろーか。









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症状を認める3




アスペの特徴のひとつに、「一方的に興味のあることを話す」というものがある。

わたしもろにその資質があると、昨日気づいた。

親にはなるべく喋らないように育てられたのでずっと基本的には黙っているが、

わたしはめちゃめちゃ話したい。

それが日々のストレスとなっていると気づいた。

現実問題、私の思考は、どこにいてもあちこちに興味が移る。

私がそれを話すと、人には迷惑となる。

そのジレンマが、日々の鬱となっているのかもしれない。

人との会話を楽しむとかではなく、私は私の中から沸き上がる何かを言葉にし続けていたい、そして、そんな自分を責めずに、責められずに生きたいと思っている。

小鳥たちがなんかずっとピヨピヨ鳴いているが、あれは本能と言える。

私も、あの小鳥みたいに、なにも考えずに喋りたいときに喋りたいことを喋る、そんな環境を求めているらしかった。

そして、いちばん喋ってはいけないと自分にブレーキをかけているのは、自分だということ。

これがいちばんの難癖である。











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症状を認める2




日頃から、急に大きな声で歌いたくなったり、花に話しかけたり、木に抱きついたり、

そういったことを抑えて抑えて生きてきた。

人に話しかけたいことも、もしかしたら失礼かもしれないと思って、萎縮したり、なんか我慢しすぎている。

人には見せられないと、思っている。

今日久々に妹に会ったが、やはり、自分はどうしようもないなと、感じた。

喋ると、まるで子供が喋っているかのよう。

話題がころころ変わる。

とりあえず、変な部分は滲み出るし隠せないので、変に見られることは別にいい。

だが、否定されることはすごく怖い。

否定されると、

否定する人は自分が正しいと思っていると思い込んでしまって、相手と同じ感覚になることを強要されていると思ってしまう。

実際に、私の父がそうだったから、否定されることがめちゃくちゃこわい。

生きるか死ぬかの狭間に居るような気分になる。


だが、認知療法的には、

相手が否定してきても、それは必ずしも同じであることを強要しているわけではない。

相手が理解できないだけであって、

その人に伝えてもなお理解できない場合は、別に同じでなければならない義務はない。

私は私であって、相手は相手であるということ。

その視点が大切だ。


そして、私は私で、歌を急に歌いたくなったり、空を眺めたりする自分を、認めることだ。

いつまでも自分は変だと責めることをやめて、もうどうにもならないことはいい加減受け入れないといけない。

そうしないと、この世はやってけない。

隠すことも、めちゃくちゃ疲れる。

これからは小出しにしていく方向で行こう。

それしかない。










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症状を認める



これまで、日々のわけの分からなさは、私が甘えているからだとおもっていた。

気のせい気のせいと、毎回気のせいにしてやり過ごすには、無理があった。

発達障害の影響なのだと知ってから、日々どんどん自覚していく。

今日は外に出た。

認知療法の本を、借りに図書館へ来たのだが、まぁ、めちゃめちゃ疲れる。

なんなんだろう。

人とすこし話して疲れて、自分の体調の悪さにも嫌気がさすし、

なんなんだろう。

やらなければならないことをなんとか行動しながら、頭がずっと変な感じ。

頭が変な感覚になることは当たり前だし、考え方を変えるしかないと思って頑張っても、やはりそれは限度がありましたねと、思った。

人と話すとき、しなければならないことがあるのに頭がフリーズしながらも何とか喋ろうとすることが、日常茶飯事って、おかしい。

図書館に本を借りに来て、認知療法の本を探しまくり、手に取ると、ほとんどが鬱に関する本だった。

私は、鬱の本は手に取らないようにしてきたし、自分が鬱だとしても、それに向き合うと死にたくなるような気がして、病院に相談にも絶対に行かなかったのに。

それは、私のなかに偏見があったからだ。

私のなかに、めちゃめちゃ頑固な自分がいた。

けれど、今私は、たくさんの鬱本を抱えている。

そして、この中から良さそうなものを家に持ち帰るわけで、なんかそれだけでも体が若干混乱している。

これらを読んで、道が閉ざされたらどうしようと、不安で仕方がない。

だが、読むのだ。

頭をなんとかしたいから。












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頭が天国



現在、どうにもこうにも頭が天国である。

職場の女性と話をして、すると私の頭のなかはスピリチュアルばかりなので、その話をしてしまって、なんだか。

なんだか、頭が天国である。

そして、いくつか質問があり、答えていくうちに、彼女は彼女の前世らしき映像を思い出した。

私の質問に、すらすら答えていた。

人は誰しもがスピリチュアルなんだと、感じた。

私にとっては当たり前だが、それを忘れきっている人が山ほどいる。

だが、それらは存在している。

わたしは、彼女がすこしでも扉を開いたのがすごく平和的ななにかが起きていると感じた。

Good thingsだ。











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